農家の相続で、農地が相続財産に含まれていると、相続や売却における農地特有の問題から、宅地の相続と異なり、遺産分割協議が難航したり、相続手続きが複雑になることがあります。
ここでは、農家の相続について、遺産分割協議が難航する・相続手続きが複雑になる代表的なケースを紹介するとともに、農家の相続に特有の手続きや制度、農業を継ぐ者がいない場合に検討すべきことについて解説します。
1 遺産分割協議が難航する・相続手続きが複雑になる代表的なケース
(1)農業を継ぐ者がいない場合
特に若い世代では、農業を継ぐという方は減少傾向にあります。
被相続人が農業を行っていたとしても、子ども達が農業を継いでいる、あるいは、被相続人が亡くなったことにより農業を継ぐ、ということは少なくなっています。
農業を継ぐ者がいない場合は、農地を相続することを希望する者もおらず、相続人間で不要な農地の押し付け合いとなって、遺産分割協議が難航してしまいます。
なお、農業を継ぐ者がいない場合であっても、その農地を利用する人が現れれば、農地を貸し付けることも考えられます。
しかし、農業人口自体が減少傾向にあり、農地を利用する人が現れる可能性も低いといえます。
(2)農地が相続財産の大半を占めている場合
農家の相続では、農地が相続財産の大半を占めていることがあります。
ここで、農業を継ぐ者がいて、その者が全ての農地を相続し、他の相続人は相続する財産は(ほとんど)ないという遺産分割で、全員が納得して協議がまとまるのであれば問題ありません。
しかし、そのような内容の遺産分割に、他の相続人が納得しない場合は当然あります。
他の相続人が法定相続分での相続を主張した場合、調整できるだけの現金や預貯金が残されているか、農業を継ぐ者に代償金を支払えるだけの資力があれば解決の余地もあります。
しかし、農地が相続財産の大半を占めていて、農業を継ぐ者に代償金を支払えるだけの資力がなければ(代償分割の方法を取ることができなければ)、遺産分割協議は難航してしまいます。
また、後に述べる通り、農地は簡単には売却できませんので、農地を相続することを希望する者がいない中で、法定相続分で分割しようと試みても、売却してその売却代金を分けるという遺産分割方法(換価分割の方法)を取ることが困難となります。
(3)宅地に転用されて賃貸アパートが建築されているなどの収益物件があるケース
農家(元農家)の方で、農地を転用して賃貸アパートを建築していたり、商業施設に土地を貸していたりして、不動産賃貸業を営んでいる方もいます。
融資を受けて賃貸アパートを建築した場合、不動産の評価額から負債額を控除した残額が相続財産の評価額となることから、毎月の賃料から負債を返済しても余剰があるような収益性のある不動産は、相続した方が有利な事が多いです。
このような収益物件は、いずれの相続人も相続することを希望する場合があるため、遺産分割協議が難航することが考えられます。
2 農地の相続に特有の手続きと制度
(1)税務署への申告
農地の固定資産税評価額は、宅地よりも低く設定されていることが多いです。
もっとも、市街地にある農地は、「宅地」に準じた相続税評価額になることがあります。
そのような場合は、多数の農地が相続財産に含まれていると、相続税評価額が高額になり、相続税が発生する可能性が高くなります。
相続税が発生する場合には、「相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内」に、所轄の税務署に相続税の申告をしなければなりません。
(2)相続登記手続き
農地を相続した場合には、その不動産の所在地を管轄する法務局で、名義人を変更する手続きをしなければなりません。
これは、宅地などを相続した場合と同様です。
ところで、農地を売買などで取得した場合、登記申請にあたり、農業委員会の許可を得なければなりません。
この農業委員会の許可がない場合は、売買契約は無効となり、登記申請は受け付けてもらえないことになります。
これに対して、被相続人が所有している農地を、法定相続人が相続によって取得した場合は、農業委員会の許可は不要となります。
(3)農業委員会への届出
相続によって農地の所有者が変わった場合は、農業委員会に届出をする必要があります。
届出は、「被相続人が死亡したことを知った時点から10か月以内」に行うものとされています。
この届出には手数料はかかりません。
届出をしない場合や虚偽の届出をした場合には、「10万円以下の過料」という罰則が定められていますので、注意が必要です。
この届出には、所定の届出書とともに、法務局で相続登記済みの登記簿謄本など、相続したことが確認できる書面を提出します。
参考までに、青森市・弘前市・八戸市の農業委員会の連絡先は次のとおりです。
・青森市 農業委員会事務局 電話:017-761-4372
・弘前市 農業委員会事務局 電話:0172-40-7104
・八戸市 農林水産部 農政課・農業委員会事務局 農地グループ
電話:0178-43-9448
(4)農業を継ぐ場合の相続税の猶予などについて
相続税が発生しても、農業を継ぐ場合は、農地の部分の相続税が猶予される制度があります。
この農地の納税猶予の特例は、農地を相続した相続人が引き続き農業をする場合に適用できる制度です。
「被相続人」、「相続人」、「農地」についてのそれぞれの要件を満たした場合に、農地の部分の相続税が猶予され、最終的に、相続人が亡くなるまで農業を続けた場合などには、相続人にかかる分の相続税は免除されることとなります。
「被相続人」についての要件は、次のいずれかに該当する人であることです。
①死亡日まで農業を営んでいた人
②生前に、農地の一括贈与(贈与税の特例の適用)をした人
③死亡日まで特定貸付け等を行っていた人
次に、「相続人」についての要件は、次のいずれかに該当する人であることです。
①相続税の申告期限までに農地を相続し、農業を継続している人
②被相続人から生前に一括贈与を受け、贈与税の特例が適用されている人
③相続税の申告期限までに特定貸付け等を行った人
そして、「農地」についての要件は、次のいずれかに該当することです。
①被相続人から相続により取得した農地等で遺産分割がされていること
②被相続人の生前に一括贈与された場合、贈与税の特例の対象となっていること
③相続のあった年に、被相続人から一括贈与されていること
④被相続人が特定貸付け等を行っていた農地等で、上記①②③のいずれかに該当すること
相続税の納税猶予の適用を受けるためには、「被相続人」、「相続人」、「農地」の各要件を満たすだけでなく、相続税の申告書に必要な事項を記入し、特例の各要件を満たしていることを証明する書類(「適格者証明書」等)を添付して申告期限内に提出する必要があります。
また、猶予される税額と利子税の金額に見合う担保を提供することが必要となります。
なお、「適格者証明書」は、農業委員会に申請して発行してもらう必要がありますが、発行までに日数がかかる場合がありますので、相続税の申告期限に間に合うように早めに申請するとよいでしょう。
また、納税猶予期間中は、相続税の申告期限から3年目ごとに、引き続いてこの特例の適用を受けるための「継続届出書」を提出する必要があることにも注意が必要です。
3 農業を継ぐ者がいない場合に検討すべきこと
(1)相続放棄
農業を継ぐ者がいない場合、相続放棄をすることも一つの方法です。
注意したいのは、相続放棄は、一切の相続財産を相続しない手続きであるということです。
すなわち、相続放棄の手続きでは、相続財産のうちの農地だけいらない(ほかの相続財産は欲しい)ということはできないということです。
一度相続放棄をすると、その後に撤回することはできませんので、十分に検討する必要があるでしょう。
(2)農地として売却
農地を相続して売却することも一つの方法といえます。
農地をそのままで売却する場合、売却する相手が限定されることには注意が必要です。
農地は、農地法という法律により様々な制約があり、農地を売却できる相手は、営農計画をもっていることや必要な農作業に常時従事することなどの要件を満たした個人・農地所有適格法人に限られています。
農業人口の減少に伴い、必ずしも売却できる相手がいるとは限りません。
また、農地をそのまま売却する場合は、事前に農地委員会の許可を得るなどの手続きも必要となります。
「欲しいと言っている人がいるから相続して売却しよう」と考えても、まずはきちんと、売却できる相手なのかということや、必要な手続きを調べておく必要があるでしょう。
(3)転用して売却、利用
農地を転用(土地の用途を変更すること)も考えられます。
農地から宅地に転用できれば、農地に比べて売却は容易になりますし、住宅やアパートを建築することも可能となります。
転用をする場合には、事前に農業委員会へ申請して、許可を受けなければなりません。
市街化区域の農地は、宅地への転用も許可されやすいかもしれませんが、市街化調整区域などでは、許可が下りにくいと考えられます。
農地が市街化区域にあるのか市街化調整区域などにあるのかの確認は、「市町村名+都市計画図」で検索して、各市町村のホームページで都市計画図を確認すると良いでしょう(※)。
※青森市や八戸市のホームページでは都市計画図を確認することができますが、必ずしも各市町村のホームページに用意されているとは限りません。
4 まとめ
このように、農家の相続については、農地の相続では農業委員会への届出が必要であったり、売却・転用では農業委員会の許可が必要であったり、相続税の申告において特別の制度があったりするなど、特有の問題や手続きがあります。
相続税の申告については税理士への依頼は必要であることはもちろんですが、遺産分割などで検討すべき問題も多いです。
農家の相続、農地を相続する可能性がある場合は、お早めに弁護士へ相談することをお勧めいたします。