1 遺留分とは

遺留分とは、一定の相続人に認められる遺産に関する最低限の取り分のことをいいます。
ここで一定の相続人とは、配偶者(夫・妻)と直系尊属(父・母や祖父・祖母)であり、被相続人の兄弟姉妹には遺留分が認められていません。
被相続人は、遺言によって遺産を原則的には自由に分配することができますが、この遺留分によってその自由は制限されています。
つまり、遺留分を侵害する遺言が存在しても、遺留分を有する相続人は、遺留分侵害額請求権を行使することによって自らの遺留分を回復させることができます。

このように、遺留分の制度は、被相続人による財産処分の自由を尊重する一方で、一定範囲の相続人の生活を保障するという2つの利益を調整する趣旨で設けられたものです。
令和元年7月に改正法が施行され、遺留分侵害額請求権に基づき、金銭の支払いを請求できるようになりました。
この遺留分侵害額請求権は、放棄する自由も認められていますが、相続が発生する前の放棄には家庭裁判所の許可が必要です。
また、請求期間の制限があり、遺留分の侵害がされていることを知ってから1年、さらに相続が発生してから10年以内に遺留分侵害額請求を行う必要があります。

2 兄弟姉妹に遺留分が認められない理由

兄弟姉妹には遺留分が認められていませんが、それは以下の3つの理由があるとされています。

【理由1】
1つ目は、兄弟姉妹が被相続人の第3順位の相続人であり、被相続人とは遠縁にあることです。
被相続人の子・孫といった直系卑属、父母・祖父母といった直系尊属、この2者が相続人とならない場合に初めて、兄弟姉妹が相続人となります。
法律上、相続による財産の承継は次世代への承継が原則と考えられています。
このように、兄弟姉妹の相続順位は低く、相続による財産の取得に対する期待は一般に乏しいものと考えられます。

【理由2】
2つ目としては、兄弟姉妹は遠縁のため、被相続人とは生計を別にしていることが多いことです。
生計が別のため、兄弟姉妹には被相続人が亡くなることによる経済的困窮を防ぎ、相続によって生活を保障する必要性が一般に乏しいと考えられています。

【理由3】
3つ目は、兄弟姉妹には代襲相続が認められていることです。
仮に兄弟姉妹にも遺留分を認めた場合、代襲相続人となる甥や姪が遺留分侵害額請求権を行使することになります。
甥や姪は被相続人とはさらに血縁が遠く、甥や姪による権利行使は被相続人の意思を害する結果になることもあります。
つまり、被相続人が生前に密接な関係にあった人に対して財産を残しておきたいと考えた場合であっても、甥や姪の権利行使により、作成した遺言書の効力が一部否定されかねないということです。

これら3つの理由から、兄弟姉妹には遺留分が認められていません。

3 遺言書で相続から排除された兄弟姉妹が遺産を受け取る方法

(1) はじめに

このように遺留分が認められない兄弟姉妹が遺言書で相続から排除された場合には、遺産を受け取る方法としてどのようなものが考えられるでしょうか。
まず、第1順位となる子・孫といった直系卑属、第2順位となる父母・祖父母といった直系尊属がいない場合に兄弟姉妹が第3順位として法定相続人となりますが、この場合、以下の3つの方法が考えられます。

(2)方法①:遺言書とは異なる内容で遺産分割協議を行う

1つ目は、相続人全員の同意によって、遺言書が有効であることを前提として、遺言書とは異なる内容で遺産分割協議を行うことです。
しかし、一般的に考えると、遺言書に従えば有利に財産を取得できる者がその遺言書とは異なる内容で遺産分割協議に応じることは考え難いため、この方法は現実的ではありません。

(3)方法②:寄与分の請求を行う

2つ目として、寄与分の請求をすることが考えられます。
寄与分とは、生前に被相続人の世話をすることで介護費用の支出を減少させたといったように、相続財産の維持や増加に貢献した相続人について、その者に対し遺産を法定相続分よりも多く取得させる制度です。
もっとも、遺言書において全ての遺産の分け方が指定されている場合、寄与分を請求することはできません。
さらに遺言書で分け方が指定されていない財産がある場合でも、寄与分を主張する側において、被相続人の世話をしていたことやそれが財産減少の防止に貢献したこと等、寄与分が成立する法律上の要件をすべて明らかにする必要があるため、寄与分が認められることは容易ではありません。

(4)方法③:遺言書の無効を主張する

3つ目として、遺言書を無効とすることにより、遺言書とは異なる内容による遺産分割を目指すことが考えられます。
遺言書が無効と判断されることにより、その遺言書は存在しないことになるため、相続人間で改めて遺産分割協議を行い、その結果に従って遺産を取得することになります。
遺言書の無効事由には様々なものがありますが、代表的なものを挙げていきます。
基本的に、遺言書は自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言の3種類となります。
それぞれの遺言書には、作成上の要件が法律において厳格に定めらおり、この方式に違反した場合、遺言書の無効事由となります。
例えば、自筆証書遺言の場合、被相続人が全文、氏名、日付を自筆で記入し、押印するといった要件があります。
他にも、無効事由として代表的なものとしては、被相続人が意思能力(遺言が法律上どのような効果を生じさせるのか理解する知的能力のこと)を有していない場合があります。
被相続人に意思能力がなかったことを証明する場合、医療機関の診療記録や遺言書作成時の言動を記録した映像や録音データ、監護を行っていた相続人の日記や陳述書(当事者が経験した事実を分かりやすく文章化したもの)といった証拠を準備する必要があります。

遺言書の無効を主張する方法については、相続人全員が遺言書の無効に同意することは困難と考えられますので、無効を主張するために裁判手続きを利用することが一般的です。
裁判手続きには、調停と訴訟があり、遺言書の無効主張については調停を先に行うことが法律で定められています。
調停とは、調停委員という第三者が間に入り、相続人全員での話し合いによって解決を目指す裁判上の手続きです。
しかし、多くの場合は相続人全員で話し合いをすることが困難であるため、実務上は調停を前置することなく訴訟提起される事例が多くみられます。
訴訟では、調停における話し合いとは異なり、双方が自身の言い分に沿って主張立証を行い、裁判官の一方的な判断が示されるのが原則となります。

このような流れに従い、遺言書に無効原因があると考えられる場合には、遺言書によって排除された兄弟姉妹は、訴訟提起を行って裁判所から無効との判断を獲得します。
その後は、遺産分割協議を行うことで、法定相続分のみを主張するか、それに加えて、寄与分や特別受益(生前、特定の相続人が被相続人から学費や生活の援助といった経済的援助を受けていた場合、それに相当する金額をその者の相続分から除く制度のこと)の主張による相続分の増加を検討することになります。

(5)特別寄与料の請求

以上は兄弟姉妹が第3順位の法定相続人となる場合のご説明となりますが、他に優先する順位の相続人がいる場合には、兄弟姉妹としては、特別寄与料の請求を行う余地があります。

もっとも、この特別寄与料についても無制限に行えるものではなく、法律上の要件があり、無償で療養看護その他の労務の提供により、被相続人の財産を増加させるか、その減少を防止するといった要件を満たす必要があります。

さらに請求の期限があり、請求する者が相続の開始及び相続人を知ったときか6か月を経過したとき、または、相続開始の時から1年を経過した場合には、請求をすることができないとされています。
そのためこの特別寄与料の請求を検討する場合には、相続開始後、迅速に準備を進めていく必要があります。

4 兄弟姉妹ができる相続対策

このように遺留分が認められない被相続人の兄弟姉妹が遺産を取得するには困難が伴いますが、そのための対策についても、手段は限定されています。
具体的な手段として、被相続人の兄弟姉妹は、被相続人と相続について生前に十分話し合っておく必要があると考えられます。

前述したように、被相続人は遺言書を残すことで死後の財産処分を基本的には自由に行うことができますので、被相続人と良好な関係を維持しておくことが肝要です。
もっとも、仮に被相続人と遺言書の内容について約束していたとしても、それが遺言書として法的に効力を有する形で残されていない限り、兄弟姉妹の相続分を保障するものではありません。
法的な拘束力はないものの、被相続人と良好な関係を保つことにより、兄弟姉妹に不利な形で遺言書を残される心配を可能な限り低くすることはできるでしょう。

このように、被相続人の兄弟姉妹が生前に行える相続対策は事実上のものに過ぎず、法的な効力を生じさせるものではありません。
生前、被相続人と良好な関係を築いていたにもかかわらず、被相続人の兄弟姉妹に不利な内容の遺言書が残されていた場合には、その遺言書に無効事由がないかどうかを慎重に検討し、無効事由がある場合には、法的手段によって遺言書を無効にすることを目指すこととなるでしょう。

5 弁護士にご相談ください

被相続人の兄弟姉妹が相続において権利主張をする場合、そもそも遺留分が認められないことや、寄与分が認められるためのハードル、遺言書の無効を主張する場合の法的判断や無効の主張方法等において、さまざまな専門的知識と経験が必要となります。
弁護士であればこのような法的な問題に対処することができますので、遺留分が認められない兄弟姉妹の相続についてお困りの方は、当事務所の弁護士にご相談いただければと存じます。

(弁護士・荒居憲人)

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