相続放棄をすれば、被相続人の遺産を受け取ることができなくなります。
しかし、被相続人の遺産に該当しないものについては、相続放棄の対象とはならないため、相続放棄をする場合であっても、受け取ることが可能です。
当事務所の弁護士は、相続放棄の件でご相談・ご依頼いただいたお客様から、「相続放棄をする場合には、○○○○は受け取ってはいけないのではないか?」といったように、相続放棄で受け取れるものと受け取れないものに関するご質問をいただくことが非常に多いです。
このページでは、相続放棄をする際に、受け取ってよいのか、受け取ってはいけないのかがよく問題となる財産について、解説させていただきます。
1 生命保険金
被相続人が亡くなったことによって支給される生命保険金を受け取れるかどうかについては、生命保険金の受取人が誰に指定させているかに着目してください。
生命保険金の受取人が誰であるかについては、保険証券に記載されているほか、保険会社に照会することで確認することができます。
生命保険金の受取人が被相続人本人と指定されている場合には、生命保険金は遺産に含まれることとなるため、相続放棄をする場合には受け取ることができません。
これに対し、生命保険金の受取人が相続人と指定されている場合には、生命保険金は遺産に含まれずに受取人と指定された相続人固有の財産とされるため、相続放棄をしても受け取ることが可能です。
2 死亡退職金
被相続人が亡くなったことによって支給される死亡退職金についても、上記の生命保険金の場合と類似の考え方となります。
すなわち、誰が死亡退職金の支給対象者とされているかに着目してください。
民間の企業であれば、会社の規模などにもよりますが、死亡退職金については、就業規則等で金額の算定方法や支給対象者が定められています。
就業規則等の規定によって死亡退職金の支給対象者が被相続人本人と定められていたり、支給対象者が定められていなかったりした場合には、死亡退職金は遺産に含まれることとなるため、相続放棄をする場合には受け取ることができません。
これに対し、「死亡退職金は、遺族に対して支給する」といった定めをしているケースも多く、このようなケースでは、死亡退職金は遺産に含まれずに遺族固有の財産とされるため、相続放棄をしても受け取ることが可能です。
中小企業退職金共済(中退共)の死亡退職金についても、規定で受取人とされる遺族が指定されているため、相続放棄をしても受け取ることができます。
なお、公務員の死亡退職金については、国家公務員であれば、国家公務員退職手当法という法律で、死亡退職金の支給対象者が遺族であることが規定されています。
都道府県・市区町村の職員の死亡退職金についても、条例等で同様の規定が置かれていることが通常です。
したがって、公務員の死亡退職金については、基本的には遺族固有の財産とされるため、相続放棄をしても受け取ることができます。
以上のように、民間の企業であれば就業規則等の定め、公務員であれば法律・条例等の定めに応じて、受け取ってもよいかどうかを判断していくことになります。
3 未払い給与
被相続人が亡くなった時点までに発生している未払い給与についても、基本的には上記の死亡退職金の場合と同様の考え方となります。
すなわち、民間の企業において、死亡時の未払い給料を遺族に対して支給する旨の就業規則等の定めが存在するのであれば、遺産に含まれずに遺族固有の財産とされるため、相続放棄をする場合であっても、受け取ることが可能です。
しかし、死亡退職金の場合とは異なり、未払い給与の支給対象者については、明確な就業規則等での規定が存在しないケースが多いと言えます。
このようなケースでは、未払い給与は遺産に含まれるため、相続放棄をする場合には受け取ることができないのが原則です。
公務員の場合も法令にそのような定めはなく、相続放棄をするのであれば受け取ることができません。
この点、遺族が死亡退職金の支給を申請する際などに、未払い給与の存在を職場から教示され、未払い給与についても合わせて支払の請求・受領をしてしまうというケースは少なくありません。
このように特に意識せずに未払い給与を受け取った場合には、そのお金に手を付けてしまうと、単純承認(プラスの遺産もマイナスの遺産も全て引き継ぐこと)をしたものと法律上みなされ、相続放棄の効力が後々否定されてしまうおそれがあります。
そこで、受け取った未払い給与をその他の預金と完全に切り分け、保管用の預金口座を開設して入金し、一切手を付けないという対応を取られるのがよいでしょう。
このような対応を取ることで、単純承認に該当するとされる事態を回避することができます。
4 未払い退職金
被相続人が退職後、退職金を受け取る前に死亡した場合、退職金は遺産に該当するものであるため、相続放棄をする場合には受け取ることはできないのが基本です。
一方で、民間の企業において、就業規則等でこのような場合の退職金の支給対象者が遺族と定められているのであれば、遺族固有の財産として相続放棄をする場合でも受け取ることができますが、そのような例はあまりないでしょう。
公務員の場合にも、そのような定めはありませんので、相続放棄をする場合には受け取ることはできません。
5 遺族年金
遺族年金には、遺族基礎年金と遺族厚生年金の2つがあります。
これらは、いずれも遺族固有の財産とされ、遺産には含まれません。
したがって、遺族年金は、相続放棄をする場合であっても、受け取ることができます。
6 未支給年金
未支給年金とは、被相続人が受給するはずであった年金のうち、まだ支給されていない分の年金のことを言います。
年金は、偶数月に前月分および前々月分の2か月分がまとめて支給されるといった後払い方式が取られています。
そのために、死亡した場合には未支給分の年金が発生してくるのです。
未支給年金については、法律上、「配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹又はこれらの者以外の三親等内の親族であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたもの」が受給できると定められています。
すなわち、未支給年金は、遺産には含まれずに、これらの遺族固有の財産であるということです。
したがって、未支給年金は、相続放棄をする場合であっても、受け取ることが可能です。
7 埋葬料・葬祭費
被相続人が健康保険・国民健康保険に加入していた場合、葬儀費用の一部が埋葬料・葬祭費として支給されます。
埋葬料・葬祭費は、受給者に対して直接支給されるものであり、遺産に含まれるものではありません。
したがって、健康保険・国民健康保険の埋葬料・葬祭費は、相続放棄をする場合であっても、受け取ることが可能です。
8 祭祀財産
祖先をまつるために使用される系譜(家系図など)、祭具(仏壇、位牌など)、墳墓(墓石、墓碑など)を総称して祭祀財産と言います。
祭祀財産は、法律上、遺産の相続とは別に、祖先の祭祀を主宰する者が受け継ぐとされています。
したがって、相続放棄をする場合であっても、祖先の祭祀を主宰する者であれば、祭祀財産を受け取ることができます。
9 香典・御霊前
香典や御霊前については、葬儀を主宰する喪主に対し、葬儀関係の諸費用にあてる趣旨でなされる贈与であると、法律上は解釈されています。
したがって、香典や御霊前は遺産に含まれず、相続放棄をする場合であっても、受け取ることが可能です。
10 その他の財産
以上の財産のほかにも、相続放棄をする場合に受け取ってよいのか、受け取ってはいけないのか、ご判断に迷うケースもあり得ると思います。
安易に受け取る判断をしてしまうと、相続放棄の効力が後々否定されてしまうことにもなりかねません。
相続放棄をする際には、被相続人のマイナスの遺産(負債)を引き継がないこと等の恩恵を確実に受けていただくため、弁護士にご相談のうえ、慎重に手続等を進めていくことをお勧めいたします。
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