1 はじめに
一度遺産分割を行うと、原則として、遺産分割のやり直しをすることができません。
遺産分割は、相続人全員に関わるものですので、「気分が変わった。」などといった一人の相続人の個人的な感情でやり直しを認めていては、いつまで経ってもキリがないからです。
もっとも、当初想定していた事情と異なる事情が出てきた場合や、遺産分割が適正な手続きによってなされたとは言えない場合であっても、一切やり直しが認められないというのは不公平でしょう。
ここでは、遺産分割のやり直しができるケースやその手続き、注意点について解説いたします。
2 遺産分割のやり直しができるケース
(1)相続人全員が遺産分割のやり直しに合意をしている場合
相続人全員が遺産分割のやり直しに合意をしている場合には、やり直しをしても誰にも不都合が生じないため、遺産分割のやり直しが認められます。
しかし、やり直しをすることに一人でも反対をする人がいた場合には、やり直しが認められません。
上述したように、原則として、遺産分割のやり直しは認められないものですので、大多数の相続人がやり直しに同意をしていたとしても、同意をしない人が一人でもいる場合にはそちらが優先されるのは当然のことと言えるでしょう。
なお、遺産分割をやり直す場合には、いずれにせよ新たに遺産分割に関する書類(遺産分割協議書など)を作成し直す必要があるので、一度作成した書類は破棄するのが望ましいです。
(2)遺産分割協議が無効な場合
上述したように、遺産分割は相続人全員で行わなければなりません。
ほとんどのケースでは、遺産分割を行うのに先立って、戸籍謄本類を調べると思いますので、相続人が漏れることはあまりありません。
もっとも、被相続人が子どもを死後認知した場合や、すでに成立していたと思われていた離婚が無効だった場合など、どんなに注意していても相続人が漏れるケースもあります。
このような場合は、そもそも遺産分割が無効となります。
また、相続人全員が参加していたとしても、その中に重い認知症を患っている人がいた場合や未成年者がいた場合も遺産分割が無効となります。
この場合には、本来であれば、本人の代わりに成年後見人や親権者が遺産分割に参加しなければなりません。
なお、例えば、父親が亡くなり、その相続人が母親と未成年者という場合には、母親と未成年者の利益が相反する状況となるため、母親だけでは遺産分割を決めることができず、特別代理人を立てて遺産分割を行わなければなりません。
このように、判断能力等がない相続人がいるにもかかわらず、法律上定められている手続きを行わないで行われた遺産分割は無効となります。
(3)遺産分割協議の過程で取消事由があった場合
例えば、①他の相続人や第三者から騙されて、あるいは、脅されて遺産分割協議書にサインをしてしまった場合、②誰かが遺産分割協議書を偽造した場合、③生前贈与がないといったことが表明されていたのに、実際にはそれが虚偽であり、その結果、特定の相続人が遺産を多く取得した場合、には詐欺、強迫、錯誤といった取消事由があります。
このような場合には、適正な手続きによって遺産分割がなされたとは言えないため、やり直しが認められます。
3 遺産分割のやり直しができないケース
(1)遺産分割審判が行われた場合
家庭裁判所による遺産分割審判が行われた場合には、遺産分割のやり直しが認められません。
家庭裁判所が関与する場合には、そもそも無効となるような遺産分割がなされることはありませんし、裁判所が判断することから相続人の意思能力の瑕疵(取消事由)が問題になることはないためです。
遺産分割審判の内容に不服がある場合には、審判が確定する前に即時抗告を行うしかありません。
(2)新たな遺産が見つかった場合
遺産分割をする際に、当時発見されなかった遺産が遺産分割後に発見される場合があります。
この場合、基本的には、新たに発見された遺産のみを遺産分割すればよいので、一度取り決められた部分に関しては遺産分割をやり直す必要はありません。
もっとも、実は被相続人が多額の債務を負っていることが判明した場合や、取得した不動産に抵当権が設定されていたなど、新たに発見された遺産が重大なもので、すでに取り決めた遺産分割の内容をそのまま維持することが不適当と認められる場合には、遺産分割のやり直しが認められる場合もあります。
(3)相続人の中に遺産分割で取り決められた条件に従わない人がいる場合
遺産分割をするにあたり、特定の相続人に債務を負担させる取り決めをする場合があります。
例えば、遺産分割で取り決められた条件に、長男が母親の面倒を見ていく代わりに遺産を多く取得する、といったものです。
このような取り決めをしたにもかかわらず、長男が母親の面倒を見なかった場合には、長男は条件に反することになります。
もっとも、判例上、このような場合であっても、遺産分割のやり直しは認められないものとされています(もちろん、この場合でも相続人全員がやり直すことに合意している場合は別ですが、そのようなケースはほぼないでしょう)。
4 遺産分割をやり直す場合の手続
まず、相続人全員が遺産分割のやり直しをすることに合意をしている場合には、再度遺産分割協議を行うか、遺産分割調停をすることになります。
これに対して、遺産分割協議に無効事由がある場合や、取消事由がある場合には、家庭裁判所に遺産分割協議無効確認の調停を起こす必要があります。
遺産分割協議無効確認の調停で話し合いがまとまらない場合には、遺産分割協議無効確認訴訟を起こす必要があります。
5 遺産分割をやり直す場合の注意点
(1)相続人以外の第三者が関係する場合
遺産分割をやり直したとしても、第三者の権利を害することはできません。
例えば、不動産を取得した相続人が、第三者に当該不動産を売却した後に、遺産分割をやり直すことになったとしても、基本的には、第三者に不動産を返還することを求めることができません。
この場合は、相続人間において金銭で調整するしかありません。
(2)時効について
遺産分割にはいつまでに行わなくてはならないという時効はありません。
また、やり直しが認められる場合にも、基本的には時効はありません。
ただし、取消事由があることを理由としてやり直しを求める場合には、取り消すことができるときから5年以内でなければ取消権が消滅時効にかかるため、それまでに行う必要があります。
(3)税金
遺産分割をやり直したからといって、改めて相続税を支払う必要はありません。
もっとも、当初取り決められた遺産分割の内容と異なる取り決めをした結果、特に不動産を取得した場合など、当初より多くの財産を取得した人がいる場合には、その人に対する贈与が行われたと判断されるため、金額によっては贈与税が発生する可能性があります(不動産の移転にあたって対価がある場合は売買となりますが、この場合には譲渡所得税が発生します)。
そして、このように当初の取り決め内容と異なることとなったとしても、相続税は還付されるわけではないため、二重課税となることは避けられません。
また、遺産分割のやり直しによって、当初の取り決めと異なる相続人が不動産を相続した場合、改めて相続登記をしなくてはなりませんが、この場合も改めて登記登録免許税を納付しなければなりません。
6 弁護士にご相談ください
このように、一度取り決めた遺産分割をやり直すことは、基本的には認められておらず、認められたとしても二重課税が発生するなど不都合が大きいです。
特に、一番目の取り決めからやり直すまでの期間が長いほど、無効事由や取消事由を主張するにあたっての証拠収集が困難となるうえ、何より手間と時間がかかります。
また、当然のことながら、相続人も亡くなることがありますので、時間が経つほど、手続きが面倒になります。
このようなことから、遺産分割を行うにあたっては、ある程度やり直しの可能性があることを見越した内容としたり、微調整の余地を残した内容で行ったりするのではなく、1回の遺産分割だけで全て完結させることが圧倒的に望ましいと言えます。
そのためには、遺産分割を行うのに先立ち、まずは相続に強い弁護士に相談することをお勧めいたします。
当事務所では、これまで相続に関して多数のご相談・ご依頼を受けており、取扱経験が豊富な弁護士が在籍しておりますので、お気軽にお問い合わせください。
(弁護士・下山慧)